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「書」のさまざまな側面と親しみ方

序・書とは

 「書」というものを「カリグラフィー calligraphy」ととらえれば、世界中さまざまな文化圏で似たものが見られます。
 しかし、それを網羅的に見ていってはとても語り尽くせるものではありません。
 ここでは、毛筆を用いて漢字・ひらがな・カタカナを書く「書」をとりあげましょう。
 こうして「書」とひとくくりにしても、よく見ればさまざまな側面があります。
 親に習いに行かされた「習字」もあれば、小学校や中学校で習った「書写」もあり、より深めれば「芸術としての書」もあり、さらに突きつめれば、
 単に美を追究する芸術をも超えて哲学・思想、または生き方そのものにも沿うような「道としての書」、「書道」もあるわけです。
 「書」のさまざまな側面と、それぞれへの親しみ方を一瞥していきましょう。
 

起源・王羲之

 まず簡単に「書」の歴史を振り返ります。
 中国で「漢字」が生まれたのは、今からおよそ3300年前の殷の時代。占いに用いた甲骨文字が起源だと言われています。
 その漢字を、単なる実用性を超えて芸術にまで高めたのが4世紀の王羲之(おう・ぎし)でした。王羲之は「書聖」とも呼ばれ、
 後世の書に絶大な影響を与えました。
 中国では書家といえば全員が王羲之の作品を手本として修行しました。日本にも王羲之の作品は伝わり、奈良時代頃から手本として尊重されました。
 

日本での展開

 奈良時代頃まで、日本人は漢字を日本語の音にあてはめて表記する「万葉仮名」を使っていました。
 朝廷の公式文書は漢文で、漢詩もさかんに作られました。漢字中心の時代です。
 平安時代になると、音を借りた漢字の字画を簡略化したり崩したりすることで、カタカナやひらがなが発明されます。
 漢文で日記を記すのが男性貴族のたしなみであったのに対し、当初ひらがなは主に女性が書くものとされ、そのため「女手(をんなで)」と呼ばれました。
 紀貫之が女性のふりをして『土佐日記』を書いたのは有名な話です。
 この時代、貴重で高価な「紙」に筆でさらりと書いて送り合う「うた(和歌)」は、特別なメッセージであり最高のプレゼントでした。
 9世紀には「三筆(さんぴつ)」と並び称される空海・嵯峨天皇・橘逸勢、11世紀には「三蹟(さんせき)」と称される小野道風・藤原佐理・藤原行成といった
 偉大な書家が生まれています。
 時代は飛びますが、江戸時代に入ると「読み・書き・そろばん」が身につけるべき基本スキルとされ、
 町人を中心に「てならい(習字・書写)」としての書が広がりました。


 

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