「書」のさまざまな側面と親しみ方と書道用品

書道 ――「道」としての書

学校教育
 学校教育では、国語科の1科目としての「書写」は中学校の前半までとなります。
 中学校後半から高等学校になると、書は芸術科の1科目としての「書道」に変わります。
「書写」がリベラル・アーツ、ないしリテラシーを目的としていたのに対し、「書道」は芸術ですから、はっきりと目的がちがいます。
 高校では「書道1~3」のカリキュラムが設けられており、道具の扱いや筆の持ち方といった基礎から、楷書・行書・草書などの作品作成まで学びます。
 また、一部の高校では専攻科・コースとして「書道科」、「書道コース」を置いており、
 さらに専門学校や大学でも芸術学部の一翼に書道科を開いているところがあります。
 
段位について
 書の技量を評価し序列づける「段位」。実は統一された基準によるものはありません。
 唯一客観的な基準による資格としては、文部科学省が後援する毛筆書写検定があり、5級から最上位の1級までを認定しています。
 「段」はありません。また「書写」とあることからわかるように、芸術としての書の技量を評価するものではありません。
 なお、「1級」は書写指導者資格の認定を兼ねるとされています。
 一般によく言われる書道の「段」は、いろいろな書道会や流派が独自に定めているもので、共通した基準を持つものではありません。
 
「道」としての書
 芸術としての書は、美の表現であったり個性の表現であったり、あるいは大河ドラマの題字のように、作品イメージを代表するものであったり、さまざまです。 しかし「書道」というと、それだけではない感じがします。
 書道以外にも、日本には「剣道」や「華道」、「茶道」など、「道」がつくものがたくさんあります。
 というよりも、よく言われるように「日本人は何にでも“道”を付けたがる」傾向があります。
 「道」がつくと、それは単なる芸術を超えて、おのれの生き方として極めるものといった含みが出てきます。
 そういった点では哲学・思想や宗教にも通じるもので、事実、歴史的に見ても、書は空海の仏教思想や中世の禅宗と深く結びついていました。
 ここまでくると、もはや「てならい」というかわいらしい世界からは遠くへだたって、「修行」や「精進」といった言葉が似つかわしい、
 厳しい自己修練の世界になってきます。
 その自己修練はまた、終わりのないものでもあるでしょう。
 きわめようにもきわめ尽くされることのない実践こそが「道」というもので、これはどの「○○道」でも同じです。
 だからこそ、つらくもあり、楽しくもあり、いつまでも続けることができるのでしょう。